海外留学
青木 宣篤
ニューサウスウェールズ大学留学体験記
| 所属/職位 | 総合医療センター 精神神経科学講座 講師 |
| 所属/職位(英語) | Department of Neuropsychiatry/ Assistant Professor |
| 留学先(国・都市) | オーストラリア・ニューサウスウェールズ州シドニー |
| 留学施設 | ニューサウスウェールズ大学、 ブラックドッグ インスティテュート |
| 留学施設 (英語表記) | University of New South Wales、 Black Dog Institute |
| 留学期間 | 2022年4月4日 ~2024年2月29日 |
| 留学目的 | 世界最先端の脳刺激療法について、世界的権威であるシドニーのNew South Wales大学でColleen Loo教授に師事し、本邦の精神科領域における難治性疾患治療の水準を上げる。 |
はじめに
本学の高度医療人育成制度の支援を受け、2022年4月からおよそ2年間、オーストラリアのシドニーにあるUniversity of New South Wales(UNSW)とBlack Dog Instituteに留学しました。UNSWはBrain Stimulation Therapy 領域において世界有数の研究施設であり、Colleen Loo教授の下でECT や経頭蓋磁気刺激療法(rTMS)、経頭蓋直流刺激(tDCS)などの臨床研究が積極的に行われています。特にECT領域においては、これまでに有効性を担保しつつ忍容性の保護を最大化するための技法を洗練するために臨床のみならず研究においても世界を牽引する施設です。Collen Loo教授は、brain stimulation therapyにおける世界最大級の臨床研究コンソーシアムであるThe Clinical Alliance and Research in Electroconvulsive Therapy(C.A.R.E) Networkを展開しており、本学の参画も留学の目的でした。

Colleen Loo教授と、Brack Dog Instituteで。Brack Dogは英国圏ではうつ状態の暗喩として用いられる
ECT留学
高齢者を対象とすることが多い本邦におけるECTの問題点として、施術後に一過性の認知機能障害が出現しやすいことが挙げられます。そのため、コロンビア大学やUNSWで研究されてきた、認知機能への副作用が最も低減される右片側性超短パルス波刺激法を修得し、本邦のECTに活かすことが最重要課題でした。
留学先のECT環境は、月曜日から土曜日の週6回で、たとえ祝日であってもクリスマス以外はECTが提供されており、午前5時30分から開始し、Colleen Loo教授自ら各種パラメータを設定し、それぞれの症例に沿った個別化されたECTを提供する光景は、まさに圧巻の一言でした。連日20件程施行され、お国柄もあってか施術の合間には麻酔科医やECTナースとコーヒーを飲んで談笑しながら、次のセッションの準備をするといった調子で、非常にリラックスした雰囲気の中でECTが提供されていたのも日本とは異なる点でした。留学先のECT手法は、日本で多く用いられているECTの従来型ともいえる両側性短パルス波ECTと比べ、施術から覚醒までの時間は短縮され、認知機能評価のスコアへの影響も最小限であり、高齢者が対象となることが多い日本のECT臨床設定においては理想的な技法でした。帰国後はこれを広めることで国内のECT技法を均てん化に貢献することを使命として日々の臨床で励んでいます。
ECTが終わると、午後からは関連研究施設兼クリニックでもあるBlack Dog Instituteに移動し、iTBSや低頻度刺激などによるrTMS、tDCS、皮下注ケタミンといった治療抵抗性うつ病に帯する治療にも携わりました。加えて、オーストラリアでは世界に先駆け2023年7月よりmicro doseによるpsilocybinやMDMAといった精神展開薬が賛否両論ありながらも保険収載されて臨床に実装されています。日本とは全く異なる臨床設定が目の前で繰り広げられていく毎日は非常に刺激的で、夢現の中にいる様な時間であり、将来的に本邦でも検討されるかもしれない医療に触れられたのは留学の大きな財産でした。

留学先のECTルームで麻酔科医と。本邦では認可外であるECT機器、SigmaStimが豪州では広く用いられている
国際学会での経験
留学期間中はInternational Brain Stimulation Conference(IBSC)をはじめとした国際学会に参加する機会に恵まれ、進行中の研究にテーマについて発表をしました。帰国後も、留学先の仲間達と国際学会で再開し、切磋琢磨し続けていることも喜びの一つになっています。

Brain Stimulation界の生ける伝説、Harold Sackeimと留学時の兄弟弟子たち、ISEN@New Yorkにて
Brain Stimulation領域以外にも、2023年5月に日本精神神経学会の派遣員としてThe Royal Australian and New Zealand College of Psychiatrists(RANZCP)の年次総会に招待講演発表する機会をいただきました。留学生というminorityの立場から“transcultural mental health”のテーマで講演し、本邦との精神医療システム、スティグマ、心理社会的背景などの相違点について議論し、同じ精神科医療を提供している者同士でも、国や地域を跨げば臨床設定に大きな違いが存在し、共通の診断クライテリアや臨床評価尺度を用いたとしても、そこには定量化することが困難な差異が多く存在することを痛感しました。
さいごに
今回の留学では家族と共に渡豪し、わたしのみならず妻や息子の将来の可能性を広げることができたことも非常に大きな喜びでした。外の世界から日本をみることによって、自身が知らないうちに制限をかけていたことに気がつき、また一方で日本人であることの強みも再確認することができた気がします。今後は、この留学中の経験を若い世代の人達に還元していこうと思います。
ここではまだまだ語り尽くせませんが、このような素晴らしい機会を与えていただき、本学の高度医療人育成制度を通じて多大なご援助をしてくださった友田元学長はじめとした臨床留学候補者選考委員会の皆様、海外研修員制度のご支援をしてくださった日本臨床精神薬理学会の海外研修員選考委員の皆様、留学を後押ししてくださった木下前教授、嶽北臨床教授、加藤正樹教授をはじめとした精神神経科学講座の皆様には心より感謝を伝えさせていただきます。

オペラハウスをバックに七五三の記念撮影